大船渡市派遣レポート 第3回 (税務課勤務)清水 賢二
○ 仕事の内容
9月は震災対応業務から本来の課税業務へ移行する準備の時期でした。
具体的には法務局から送られてくる「登記済通知書」の整理でした。この「登記済通知 書」によって土地・家屋の地目・構造・所有者等の変更を把握し課税に反映します。つま り固定資産税課税の根拠となる重要な書類なのですが、平成23年分が手付かずのままだ ったので、各担当にファイリングし直す作業をしました。この作業で印象的だったのは、 法務局も津波の被害に遭ったために、2、3月分の登記済通知書が、泥を被っている状態 だったことでした。幸いにも書類の内容は読み取れる状態だったので、大事には至りませ んでしたが、丁寧に扱い仕分けました。
このほかにも新築家屋の把握や各部署へ提出する書類等の準備をしましたが、本格的な 作業に入るのは10月になってからのようでした。
震災関係の対応として罹災証明書の発行業務を引き続き行ってきましたが、9月に入り、 ようやく申請数も減り始めてきました。この三ヶ月間の申請では半壊以上の判定はわずか で、大多数が一部損壊という結果になり、義援金給付対象となる半壊以上の家屋は、ある 程度把握してきたように感じました。
また、被災者の方が高速道路を使用する際に指定された区間が無料になるという被災証 明書の申請もかなり減ってきました。この被災証明書に関しては、被災の条件が比較的緩 和されていたため多数発行され、料金所での渋滞や、大型車による本来の目的とは異なる 利用が目立ち、問題視されていました。これを受けて、観光客の増加などによる復興支援 の狙いも兼ねて、東北地方の高速道路を一般の人も含めて無料とする方針が国から打ち出 されました。無料化が実現した際には被災証明書自体も必要ではなくなるので、結果とし て被災証明書の発行に追われた被災地の地方自治体が振り回された形になってしまいまし た。改めて迅速かつ効率的な支援を打ち出すことの難しさも感じました。
○ 街の様子
特筆すべきは私たちがお世話になっていたホテル福富の復旧のペースの速さです。営業 を再開した8月1日から私たちも宿泊していましたが、当初は被災した1、2階は窓が割 れ吹きさらしになっていて、廊下や壁の下地部分がむき出しになり、玄関にハエが多数飛 んでいるという状態からスタートしました。しかし9月の終わりにはエレベータも稼動し、 看板がつき、玄関に照明が付いて廊下にはカーペットが敷き詰められる状態にまでなりま した。食堂と固定電話は未だに復旧していませんでしたが、その復旧のスピードには目を 見張るものがありました。
○三ヶ月を通して
仕事面については、未曾有の大惨事の渦中にある大船渡市で自治体職員の立場として働 けたことは、自分にとってとても貴重な経験でした。大船渡市職員の方々は自らが被災者 であるにもかかわらず、震災直後から休む間もなく支援物資の配達や衛生環境の整備等に 従事し、かつ各々の担当部署で震災の対応をされていました。このような姿に感銘を受け るとともに、税務経験者として派遣された身ではありますが他市町村から来て土地勘もな い私に、親切丁寧にご指導してくださった大船渡市税務課職員の方々には感謝しきれない 思いです。
また被災地に送られている義援金に関してはその振り分けの難しさも実感しました。罹 災証明における損壊程度が「一部損壊」の結果になり、義援金の給付などの支援の対象で なくなってしまう方の中には、個人差はあるものの、働き場を失ったり、住宅の修繕費が 高額になったりする方もおられます。そういう方に対しても、判定結果をお伝えしなれば ならないときは歯がゆい思いがしました。
日ごろの生活の中では、派遣中お世話になった宿の関係者の方々には本当に良くしてい ただきました。7月お世話になった弁天荘の女将さんからは「漁師宿なのに収穫した海の 幸をご馳走できなくて申し訳ない。漁でいいものが獲れたら送るね。 」と温かいお言葉をく ださいました。また8月と9月お世話になったホテル福富の従業員の方々からは「不安が 残る中で営業を再開したが、初日からお客さんが入ってきてくれたことが本当に励みにな った。」と涙ながらに語ってくださいました。
地域のニュースや街の様子をみますと、大船渡市民の方々も現実を受け止め、復興に向 け、ひたむきに取り組んでいく姿が見受けられます。こうした状況で、友好都市関係にあ る佐久市民の一人として今回の派遣でつながった縁を大切にし、再度、観光客としても大 船渡市に足を運び、わずかでも復興のお手伝いをしたいと思います。